SNSに疲れた、人間関係による足かせが重すぎる

小ネタ

超ポジティブなアメリカ人の友達がフェイスブックを退会するかもと投稿していた。

あー、この人でもそんな風に思うんだと少し面食らった。投稿する内容に対する攻撃や批判、楽しみであるはずのコミュニケーションに疲れたと。

 

自由に書いていたあのころ

人間関係が良好なとき、自分の人生を楽しめていたとき、自信があったとき、自己中だったとき。

 

スポンサーリンク

いつから不自由になったのか。人間関係のこじれ?他者への配慮?

昔からSNSとは相性が悪い。まだミクシィ全盛期の時の彼氏は私との関係を公にしたくなかったらしく、それとなくSNSやらないでほしいと言われてやらなかった。

最近の元カレからフェイスブックに投稿する内容について配慮するように言われ、今カレもSNSに載せてほしくないと言われている。

もとより本名でプライベートさらけ出したいタイプでもなく、めったにログインすることさえないので問題はないのだが・・・

 

表現の不自由、他者にルールを強いられるストレス

さして使ってないくせに、「自由に書けない」と感じるだけでストレスになっている。

自分のため、友達と共有したいがためにやっているSNS。もちろん誰かを傷つけるような投稿をするつもりはないが、自分の趣味や興味の範囲を一切載せられないのはSNSを継続する意味さえなくなってしまうのではないか。なぜそこまで配慮しなければならないのか。インターネットで公にすることで、称賛も批判も受けられなければならない。

 

自分を納得させる理由付け

今の関係を維持するために必要だから。

これは今カレでも元カレでも友達でも、相手がいる限りそれなりの配慮が必要だから。例えそれが自分のことであっても。

ストーカー対策

なぜか何度か被害にあっているので、気を付けるようになった。ただ、フェイスブックを本名で地元の友達と繋がっていれば、大体のエリアを絞り込めてしまう。だが気を使っていると楽しめない。

真偽に関わらず曝されたくないから

悪意を持って接してくる人は必ずいるから。大した関係性がなくても実生活に攻撃してくるような人、面識がない人から恨まれることもあった。生活圏や生活基盤である職場から追い出そうとする逆恨みパワーは侮れない。見なきゃいいのに、絡まなければいいのにはこのタイプには通用しない。こちらも出没場所を知っているので突撃!してやりたい気持ちもあるのだけど、被害者ぶられるのは癪に障るので、コロナ我慢。