教会による虐待「処女性を守る」セックスに対する罪悪感と恐怖心による支配

クリスチャン

教会による性的虐待?性教育をネグレクトしながら「処女性を守らせる」ことについて

コスモポリタン・アメリカ版の記事で『「結婚までバージン」を守ったら、セックスできない体に!?を読みました。
この女性は長年婚前交渉は考えることさえ罪だと教え込まれ結果、いざ結婚した時には膣痙攣を発症、今まで否定し続けた性交渉を体が物理的に拒否してしまったケースです。
記事を読んでわたしは教会による「性的虐待とネグレクト」だと感じてしまった。正しい教えには正しい対処法を一緒に教えないといけない。
答えだけ押し付けて方程式を与えないのは教育のネグレクトだ。
思春期からひたすら本能を否定、三大欲求の一つを押し殺しているのに、本能に頼れば無事に初夜を迎えられるとか、なんとご都合主義、無茶苦茶で乱暴な教えなのか。
膣痙とは自分の意志とは関係なく膣の入口の筋肉が収縮してしまい、性交渉やタンポンの使用さえできなくなり、婦人科の診察も痛くてできないなど深刻な病です。原因としては精神的・心理的な要因もあり、性交渉に対するネガティブなイメージ、不安や恐怖を持つこと。
最悪なことに痛みが伴うこの症状が更にセックスに対する恐怖心を植え付けるので、セックスできないスパイラルに陥ります。
病院では精神的・心理的な要因を探るため幼少期から思春期の様子を確認していくことがあります。
治療では徐々に触られる範囲を広げていく方法がとられるって・・・
この女性の相手も未経験、今度は男性側が恐怖で彼女に対しては出来なくなるんちゃうか・・・
聖書が教える処女性については反対していない。
だけど赤ん坊だって虐待されていれば抱き上げるだけで体を硬直させるようになる。
なのに適切な教育を怠って、肉体的な変化や感情を無視し続けるように体に教え込んでおいて、「やればできるよ」ってどれだけ無責任な。
彼女が膣痙攣を起こしたのも欲を殺すように鍛錬させた賜物やないか。
肉体的欲求まで抑制することを強制しておいて、その結果に対しては何もしない、できない。まじ最低。
親や教会の監視警告という名の脅しによって恐怖を与え続けてきたのに、急に「よしっ!」って言われても体がついていかなくても不思議じゃない。
彼女は大学以降に結婚したそうなので10年以上もの間セックスを「悪い物、避けるもの、考えてもいけないもの」としてきたのに
私は適切な教育を知らない。
私のプロテスタント系の教会で場合自慰行為・マスターベーションも罪だと教えられた。でも同じ教会で妄想しなければ良しとすると教えられた人もいた。本当に意味不明なんだけど。
それって結婚できない人はどうするん?全員が結婚相手として求められる存在ではないのだから。
人生の折り返し地点でもまだこの問いを持ち続けている。
なんで寝ること、食べることと同様にある欲求を悪いものとして、恐怖を植え付けるような教育をするのだろう。
私も異常な環境で歪んでしまったけれども、彼女もまた神が創った体を歪められてしまっているじゃないのか?
マタイ529にあるように五体の一部を失っても、全身が地獄に投げ入れられない方が彼女にとって益であるというのだろうか?
教会や親は彼女の体を歪めてしまったことに赦しを求めたのだろうか?
それともなおも自分のやり方が正しいと思い続け、若者をネグレクトし続けるのだろうか?
思春期の子を持つ親として何が正しいのか教えて欲しい。