仮面舞踏会 in 教会

クリスチャン

日曜だけクリスチャン

 

誰だって役割を演じながら生きている。妻、彼女、親、子ども、生徒、労働者、SNS上のペルソナ。

素の自分にとって好きな仮面と嫌いな仮面、両方ある。

でも複数あるペルソナにあんまり大きな解離があって統一感がなくなると精神的に疲れてくる。

 

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闇を歩くと日曜だけクリスチャンも辞めたくなる

闇キャラを演じる時間が長いと、教会で好きな自分でいることが偽善的に感じてくる。

キャラに統一感がないと切り替えに疲れを感じるからだと思う。

教会へ行くペルソナも自分なんだけど、ゲスなペルソナも自分。結局は自分で選んでその場に居て演じているわけなのだから。

そのギャップの切り替えがストレスとなり、演じている時間が長い方が楽になってくる。

日曜、教会へ行くペルソナが嘘みたいに感じてくる。

自分の知恵を過信してはいけません。 むしろ主に信頼して、 悪の道から離れなさい。 心も体もみずみずしく元気がみなぎります。
箴言 知恵の泉 3:7‭-‬8

なぜ悪の傍に居ると心と体の両方が蝕まれるのかを体感中。

なんだろう、一人の人のときもあるし、集団だったり、その場に宿る空気というか、「悪」がなんであるかは自分で見極めないと。

 

忙しいことは罪なのかも

心を亡くすとはよく言ったもので、自分の部屋の中が荒れていく。

他の部屋は綺麗に片づけられるのに、自分の部屋は物が散乱している。

日曜にリセットすればいいのに、日曜日があまりにも早く来る。

人生に自分が追い付かない。ここはどこなんだろう。