クリスチャンの不倫、略奪婚、子どもを守ること

クリスチャン

ビッチな自分のことは棚に上げて、友達にも呆れられてますが。

 

 

不倫中のクリスチャンが行く教会、子どもと神様の繋がりを守ること

元彼は付き合ってすぐにクリスチャンになり、別居もした。

お互いに同じ年の子どもを持つ親として、そういう展開を望んではいなかったし、前の夫との関係に傷ついている子どもに不倫関係の彼を紹介するわけにもいかない。

離婚話をすれば顔を歪ませることしか出来ない不倫相手と同じ教会で堂々といることは自分には無理だった。

誰かの躓きの石にもなる。

でもそれ以上に子どもの居場所を守りたかった。

たまに教会にヘルプに来てくれていた夫婦を紹介、直ぐに洗礼も受けた。

 

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神様はちゃんと子どもを守ってくれていた

どう考えてもクズだけど、自分の罪深い行為を理由に子どもが教会に来なくなることだけは防ぎたかった。

天国に入れないという恐怖、ことさら自分の子どもとなるとなけなしの理性が働いたから。

クズ親の不貞行為を理由に子どもを天国から遠ざけることになれば、死んでも死にきれない思いになる。

散々神様を裏切る行為をしていたけれど、神様はちゃんと子どもを守ってくれていたんだと、今更実感。

 

母を捨てた父がクリスチャンになる

たまに思いを馳せることがあるのは彼が奥さんのもとに置いて行った子どもたち。

元カノも今カノもクリスチャン。

この子どもたちにとったら神様やイエス・キリストは父親を奪っていく人たちの味方。

わたしには関係ないと言われるけれども、赤の他人にも伝道するのがクリスチャン、気にはなる。

クリスチャン家庭で性的虐待を受けて育ったわたしが今でも信仰を捨てずにいる奇跡があるのだから、

これから略奪婚をするであろう元カレと今カノが彼の子どもたちを救いに導ける奇跡もあると思う。

 

不倫関係を教会でオープンにすることについて

信仰関係なしに不倫関係をオープンにすることは滅多にないことだけど。

皆咎人なのだから、一つの罪だけが断罪されることは違うと思うけど、人の感情はそんなに簡単に割り切れない。

教会によってはノンクリスチャンと付き合うだけで教会を追われるところもある。

他人の信仰を傷つける可能性だってあるから。

わたしの場合は別々の教会に通うことを選んだ。

教会の中で誰も事実を知らないと、本当に苦しむ。4年間、誰にも相談できず。罪悪感と、信仰と行動の解離と。

救いの必要性は強烈に感じるけど、結婚など自分に都合がよい状態になるまでは悔い改めて行動を変えるつもりもない。

信仰ってなんだろうと、真剣に悩む。

ただ、不倫をしているからといって奉仕が出来ないことはない。

教会で奉仕することと、罪を犯すことは別でいい。

教会の中でさえ、生き方をとやかく言えるような人はいないから。

でも、結果論として神様の導きっていうことに・・・いつかは略奪婚も証しになるんだろうな。