職業にあえて風俗を選ぶ理由

虐待

なぜ風俗を選ぶのか?

 

スポンサーリンク

理解しなくていいです。

 

全うなクリスチャンどころか一般的な感覚を持っている人には夜の、それも風俗を仕事に選ぶ感覚がわからないと思う。理解しなくていいし、理解できないと思うからさらぁっと、スルーしてね。

 

わたしの場合性的虐待を受けた自分への自己憐憫とか、がむしゃらに生きてることへの証明として夜の仕事選んでた気がする 。あと、やっぱり類友。

ふつーのノンクリスチャンだって大多数の人が選らばない道を選んだ理由は、希釈効果かな。虐待された内容と同じことしても楽しいんだ、楽しいことをこどもの時から知ってたわたしに優越感すら与えてくれる場所だったから。

 

水商売や風俗ってやっぱり特殊な背景の人間が集まって来てて、こどものころに性的虐待や、ギャンブルや暴力は珍しいことじゃないし、施設にこども預けてる、別れた旦那の実家にこどもを取られた、兄弟関係超複雑、親の借金の肩代わり、そんな話はいくらでもあったから、自分の経験も大したことじゃなく思えた。そんなに酷い状況ちゃうやん!?むしろ幸せ?底辺まで落ちたと思ってたら、下を覗けばいくらでも暗い沼地が広がってた。普通の大学生のバイトって子も援交より安心とかって子もいるし、純粋に性癖って子も、本当に動物園(笑)

 

感覚が狂ってるとは思ってたけど、性に関しては罪悪感とかの感じかたが教会のみんなとはかなりずれてる気がしてならない。

妬むことは罪で、婚姻外のセックスも罪であるのに、どちらがより罪深いとかはなんて呑気な考えなんだろう。十字架がなければみんな一緒なのに。

聖書や法律に書いてあるから不品行はダメってことは頭の中の理解はできてるけど、感覚が伴わない。これはクリスチャン家庭だったから余計そうなったと思う。

 

みんな金銭的な面で抜け出せないと思っているみたいだけど、それは一部で、結構普通の社会人もいたりする。その日暮らせるだけ働く、ひたすら目標に向けて働く、色々。居場所を求めてってのもある。わたしの周りで金が理由で辞めないって人は少数派だったかな。微睡みの中でひたすら考えないで済む、一日一日が消化されていく感覚が楽だったのは覚えてる。

 

平気ではない

 

笑っていようと、泣いていようと、傷の深さは変わらない。ただ、どれだけ麻酔が効いているかだ。

ひたすら自分への無関心、与えられた自分への価値と本来の自分との差を消そうとしてる。

一歩世の中に出ると、自分に多少でも価値があるものと勘違いさせるから、わたし≠ゼロ をわたし=ゼロ にする作業。

自分で選んだ道だと思いたいから、さらに汚れた色で記憶の上書き。

 

感覚を鈍くして生きてると、現状維持で精一杯。治すために古傷をえぐり出す余裕がない。笑いは麻酔だ。

全うに生きることは、過去の自分への裏切りみたいに感じてしまうから。

 

こんな感じにまとまりがなく混沌とした理由でした。