虐待被害者が内田春菊さんの記事を読んで思うこと

虐待

内田春菊さんの記事

女子SPA! に内田春菊さんのインタビュー記事が載っていた。
わたしは彼女の本は気になりつつも読めていない。
雪村葉子原作の映画「私は絶対許さない」を観た時は、主人公が経験していく感情の流れみたいなものが当たり前に感じて、特に感想を持たなかった。事実だと受け止めただけで、疑問を持たなかったから。
だけど「ファーザーファッカー」や「ダンシング・マザー」を文章で読む自信がない。映像が無い分、追体験しそうで怖い。
彼女の作品に触れることが怖くても、時折目にする内田さんのインタビューに励まされる。似たような経験をもつ人にどれだけの癒しを与えてきたのだろう。特別な場所を設けない限り、被害者が共感できる体験をしてきた人には出会えないし、何も知らない人に理解を求める虚しさは多くの被害者が経験していると思う。
このブログの始めのほうに性的虐待の体験を書いたが、アウトプットすることで、内側にこもってしまうものを発散できている。決して嫌な思いがなくなるわけではないのだけど、ベントの役割をしてくれている。内田さんが経験談を語る時に「快感があった」とは言わない方がいいと書いているが、そうだと思う。好き好んで触られているわけではないのに感じる肉体の感覚と、恐怖とか気持ち悪さからくる吐き気と、なにかよくわからない罪悪感と、圧倒的な力関係がそこにあるのに自らがその状況を作り出しているなどという責任転嫁。普通の恋愛や夫婦のするそれとはまったく異質なものなのだから。
彼女が表だって話してくれるから、そのことで嫌な目にもあっても発信することを止めないから、言えない私たちが救われる。被害者であるわたしは長年自分の非を罰することでバランスを保って生きてきた。自分に非があると感じることが間違っているのはわかるけど、結局もがき続けているわたしのことも受け入れてくれる気がする。
被害者として負の連鎖を断ち切ることだけは命がけですべきことだと思う。わたしも子供にたった一度手を上げた彼の元を、翌日に荷物をまとめて去ったことがある。そのくらい子供というものは守られる必要があるから。わたしも大概クズだけど、子供だけは命がけで守るって意識だけは唯一誇れるところだな。