中絶と養子縁組と覚悟と支援

中絶、養子縁組

中絶をやめて養子縁組

 

人間辞めてた時期があった。でも底辺まで落ちていたわたしにも聖書のことばが残っていた。十戒に書かれてる罪の中で唯一犯していない罪は殺人だけ。今の日本では中絶は殺人ではないけれど、わたしの中で中絶は越えたらいけない一線だった。

 

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中絶を選べなかった

昔、通っていた教会で付き合っていた二人が在学中にデキ婚した時、『なんでもっと柔軟に生きれないんだろう、わたしなら絶対産まん』と思ってた。

 

わたしが天にのぼっても、あなたはそこにおられます。わたしが陰府に床を設けても、あなたはそこにおられます。

詩篇 139:8

 

まさしく陰府(ヨミ)で生きてきたわたしの中にも居てくれたことをこの時知ることになった。

 

あなたはわが内臓をつくり、わが母の胎内でわたしを組み立てられました。わたしが隠れた所で造られ、地の深い所でつづり合わされたとき、わたしの骨はあなたに隠れることがなかった。 あなたの目は、まだできあがらないわたしのからだを見られた。わたしのためにつくられたわがよわいの日のまだ一日もなかったとき、その日はことごとくあなたの書にしるされた。

詩篇 139:13‭, ‬15‭-‬16

 

あぁ、こんな状況なわたしの中なのに神様は命を創造されているんだ。冷たいものにまで手を出している人間が全うな親になれるはずも無く、唯一の道は堕胎するとこだった…はずなのに。それだけはどうしてもできなかった。

 

手術の予約をとって、検査までしたけど、そのまま処置せずに帰宅した。どうする当てもないけど。

 

妊娠がわかってからは自分の体と胎児に悪いことはすべて止めた。フラッシュバックもあったけど薬は絶ちきれた。

 

 

産む決心と育てる決心

一人で産むと決めた後も状況は芳しくない。自然に流れないかと願っていたことは今思い返しても辛い。子育てする環境ではなかった。

 

結論から言うと、こどもは自分で育てている。保育所にも直ぐに預けられたのと市営住宅に一度の抽選で入れたので、薬の後遺症や精神的な不安定さは残るものの、生活の立て直しも比較的直ぐにできた。こうして文字にしてみて改めて恵みだったことに、今、気がついた。

 

人の目を気にしてあまり出歩かなかったわたしが一度だけ遠出をしたのはクリスチャンの養子縁組を支援する団体だった。そこでは赤ちゃんが産まれたら直ぐに特別養子縁組に出す仕組みとなっていてた。全国どこでも訪問してくれる団体もあるという。無理強いされることもなく、見つめ直すきっかけとなり、自分の意思でこどもを育てる人生を選んだ。養子縁組を考えたことも歩み直しの力になった。

平成3041日から「民間あっせん機関による養子縁組のあっせんに係る児童の保護等に関する法律」の施行により都道府県の許可が必要になり、10月までに許可が下りたのは11団体です。東京都福祉保健局HPを確認すると、東京都にあった8団体のうち124日までに許可が下りているのは2団体、許可審査中は4団体ありました。許可には法人格も持ち、社会福祉士の資格を有する職員がいるなど基準を満たす必要があるので個人や任意団体はなくなったようです。養子縁組あっせん事業者一覧(平成30101日現在)

 

支援の手は求めれば与えてくれる。妊婦シェルターを持っている団体もあり、DVの危険や家族に言えない場合に使えるそうだ。

 

 

振り返ってみて思うこと

産むことと育てることを別々に考えることで、命を守れること。

産むことを無責任だと責める人がいない場所に逃げれること。あなたが宿している赤ちゃんが産まれてくることを心から願っている人たちが支援の手を差しのべていることを知って欲しい。